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大阪高等裁判所 昭和60年(行ス)5号 決定 1985年7月31日

抗告人

神戸市建築主事

堀龍平

右代理人

奥村孝

中原和之

右指定代理人

田中治

外二名

相手方

正村婦美世

外一四名

右相手方ら代理人

藤原精吾

佐伯雄三

前哲夫

山内康雄

深草徹

主文

原決定を取り消す。

相手方らの本件執行停止の申立を却下する。

手続費用は原審・当審とも相手方らの負担とする。

理由

一抗告人は、主文同旨の裁判を求め、その抗告理由は別紙(一)(二)記載のとおりであり、これに対する相手方らの意見は同(三)記載のとおりである。

二当裁判所の判断

1一件記録によると、以下の事実が疎明される。

(1)  抗告人は、住友不動産株式会社大阪支社が原決定別紙(一)一記載の土地(以下本件土地という)に同記載の建築物(以下本件建物という)を建築しようとして確認の申請をしたのに対し、昭和五九年五月二三日確認番号灘第二一号をもつて建築基準法六条一項の建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例に適合するものであることを確認する処分(以下本件処分という)をした。

(2)  本件土地及び附近一帯は都市計画法七条に定める市街化区域であるとともに宅地造成等規制法(以下宅造法という)三条に定める宅地造成工事規制区域(以下規制区域という)に属するところ、前示会社は、本件土地を含む一団の土地三万三一一八平方メートル余につき、本件建物ほか二棟の共同住宅用建物を建築するため、都市計画法二九条に定める開発行為の許可を申請し昭和五六年七月二九日神戸市長による開発許可を受け、さらに宅造法八条一項に定める宅地造成に関する工事の許可を申請し前同日神戸市長により工事の施行に伴う災害を防止するための条件を附した工事の許可を受けている。

(3)  相手方らは、いずれも本件土地南側のがけ下道路南附近に居住するもので、すでに神戸地方裁判所に抗告人を被告として、本件処分の取消を求める訴えを提起している。

2  相手方らが本件処分の取消を求める理由の要旨は、(1) 本件土地は深部に地質上の弱点がありその南側にあるのり面や高さ約二〇メートルのがけが崩壊する危険が大であるのに、本件処分は建築基準法一九条四項に定める敷地の安全性について審査をしていない、(2) 前示会社は、同会社に対する神戸市長の前示宅地造成に関する許可のための条件の一部を履行せず神戸市開発指導要綱等に違反し、かつ、都市計画法による開発行為の許可を受けたが同法三六条に定める工事完了の届け出で、検査済証の交付、工事完了の公告がない。したがつて、本件建築物の計画は建築基準法六条所定の当該建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法令、条例及び要綱の規定に適合せず、同条による確認をなしえないにもかかわらず、本件処分をした違法がある、というのである。

2そこで、相手方らの右主張について検討する。

(1)  宅造法は、宅地造成に伴いがけ崩れ又は土砂の流出を生ずるおそれが著しい市街地又は市街地となろうとする土地の区域内において、宅地造成に関する工事等について災害の防止のため必要な規制を行うことにより、国民の生命及び財産の保護を図ること等を目的とし(一条)、規制区域内で行なわれる宅地造成に関する工事については、造成主は、当該工事に着手する前に、都道府県知事(以下知事という、但し地方自治法による政令指定都市である神戸市は同市長、以下都市計画法についても同じ)の許可を受けなければならないものとし(八条)、右工事は、政令で定める技術的基準に従い、擁壁又は排水施設の設置その他宅地造成に伴う災害を防止するため必要な措置が講ぜられたものでなければならないと定め(九条)、同法施行令並びにこれに基づく同法施行規則において、地盤の安全性を保持しがけ崩れ等を防止するため、その保全の方法、擁壁の規模、構造など宅地造成に関する工事の技術的基準に関し具体的かつ詳細に規定し、知事は、前記宅地造成に関する許可に、工事の施行に伴う災害を防止するため必要な条件を附することもでき(八条三項)、さらに、造成主が右許可にかかる工事を完了したときは、右工事を検査し、許可した内容に適合していると認めたときは検査済証を造成主に交付するものとしている(一二条)。

(2)  さらに都市計画法は、市街化区域で建築物の建築の用に供する目的で行なう土地の区画形質の変更を意味する開発行為をしようとする者は、あらかじめ知事の許可を受けなければならないものとし(二九条)、右許可の基準として、例えば、開発区域内の土地が、地盤の軟弱な土地、がけ崩れ又は出水のおそれが多い土地その他これらに類する土地であるときは、地盤の改良、擁壁の設置等安全上必要な措置が講ぜられるように設計が定められていることを要し(三三条一項七号)、その技術的細目は同法施行令二八条、二九条及び同法施行規則二三条、二七条等において具体的かつ詳細に定めている。そして、開発許可を受けた者は、開発行為に関する工事を完了したときはその旨を知事に届け出で、知事は当該工事が開発許可の内容に適合しているかどうかについて検査し、右内容に適合していると認めたときは検査済証を開発許可を受けた者に交付して工事が完了した旨公告し(三六条)、知事が支障がないと認めた場合等を除き、右公告があるまでの間は、開発許可を受けた開発区域内の土地においては、建築物を建築してはならないものとしている(三七条)。

(3)  以上のように宅地造成に伴うがけ崩れの防止のため宅造法及び都市計画法は詳細な規制を加えているのに対し、建築基準法一九条は、確認を受けようとする建築物の敷地の衛生及び安全につき規定し、その四項で「建築物ががけ崩れ等による被害を受けるおそれのある場合においては、擁壁の設置その他安全上適当な措置を講じなければならない」とのみ定め、右にいう建築物は、がけ上又はがけ下に建築しようとする確認の対象となる建築物を指すことは文理上明らかであるが、他にがけ崩れの防止に関する具体的な定めはない。そして、建築基準法及び宅造法の各立法の目的(各一条)、建築主事の行なう建築確認は建築物の安全性確保のための技術的規制を主眼とし、建築主事には地質学、土木工学等の専門的知識を要求されていないこと(建築基準法施行令三条四条参照)及び前記のとおり宅造法におけるがけ崩れ防止等のための規制が建築基準法に比し格段に具体的かつ詳細であること等を考え合わせると、少くとも宅造法の規制区域内における宅地造成に伴うがけ崩れの防止のための規制は、もつぱら宅造法に基づき行うこととするのが右各法律の趣旨であると解するのが相当である。

したがつて、宅造法の規制区域内においては、がけ崩れの防止措置(建築基準法一九条四項)に関しては、原則として宅造法の規定による許可を受けなければならないのであつて建築基準法は適用されず建築主事の確認の対象にならないことに帰するのであつて、もとより建築主事は、敷地深部の地質の安全性を審査する義務や権限もなく、右審査未了を理由に確認を拒否することも許されないというべきである。

また、宅造法八条一項の許可は知事(本件は神戸市長)が行うものであつて、さきに述べた同法及び建築基準法の趣旨に照らし、建築主事は、建築物の敷地につき宅造法及びこれに基づく命令、条例、開発指導要綱に適合するか否かを審査する権限はないものと解される。もつとも、建築主事は、右敷地について、宅造法の規定による許可を受けていないときはこれを受けるように指導し、すでに許可を受けているときはその内容及び許可後の諸手続を確かめたうえで確認を行なうことはその裁量の範囲に属し許されるものというべきである。

そして、以上の宅造法等についての説示は、都市計画法に関し、さきに述べたがけ崩れの防止についての規制及び同法に基づく許可と建築基準法との関係についても同様に解すべきである。

(5)  以上のとおりであるから、建築主事が建築基準法六条の確認を行なうにあたり前説示の範囲を超えた審査の義務のあることを前提とする相手方らの主張は失当というべきである。

3そうすると、本件執行停止の申立は、行政事件訴訟法二五条二項にいう本案について理由がないとみえるときにあたるので、その余の点について判断するまでもなく失当として却下を免れない。

4よつて、以上と結論を異にする原決定を取消し、相手方らの本件執行停止の申立を却下し、手続費用は原審及び当審とも相手方らに負担させることとし、主文のとおり決定する。

(首藤武兵 奥 輝雄 寺﨑次郎)

別紙(一)

〔抗告の理由〕

一 原決定は、抗告人が原審において執行停止の申立てに対する意見として主張した点について判断をしなかつた違法がある。

1 抗告人は、原審において相手方らの執行停止の申立てに対し昭和六〇年五月一三日付け意見書を提出し、右申立てに対し、①相手方らには申立人適格がない、②右申立てには「本案について理由がないとみえるとき」に該当するという二点について詳細な理由を付して主張した。

しかしながら、原決定は抗告人の主張した右二点について何らの具体的判断を示すことなく相手方らの執行停止の申立てを認容したものであるが、これは、原審において抗告人が本案について理由がないとする旨の主張をした場合には、それに対し必ず判断を示すべきであるとする確立された裁判例(大阪高裁昭和五〇年九月四日決定・訟務月報二一巻一〇号二〇八七ページ、大阪高裁昭和五一年二月二三日決定・訟務月報二二巻三号七三一ページ)に明らかに反するものであり違法である。

2 また、原決定は、単に抗告人が原審において主張した点に判断を示さなかっただけではなく、抗告人の提出した意見書の内容を実質的に検討しなかつた可能性も十分うかがわれる。

すなわち、抗告人は、原審において執行停止の申立てに対する意見書を原審裁判所が定めた期限内の昭和六〇年五月一三日に提出したのであるが、その二日後の同月一五日に本案である昭和六〇年(行ウ)第一六号事件の第一回期日に出廷した後、抗告人指定代理人が右意見書に添えるべき追加の疎明資料として住友不動産株式会社(以下、「住友不動産」という。)の意見書(疎乙第一〇号証。なお、訴訟参加を許した住友不動産の意見を聞くべきである。)を原審に提出しようとしたところ、既に決定書の原案はタイプに回されているので追加の疎明資料は受け取らない旨の原審裁判所の意思を担当書記官から聞かされ追加の疎明資料を返戻されたという事実があつたが、抗告人が原審に提出した意見書の内容は、抗告人が本案においてもほとんど主張していないものであり、かつ、疎明資料の大半は本案に提出していないものであるから、意見書の内容を原審において十分に検討されるならば、同月一五日には既に決定書の原案がタイプに回されているという事態は到底起こり得なかつたはずであり、この事実に前記1のとおり原決定には抗告人の原審における意見書に何ら具体的な判断は示されていないという事実を合わせて判断すれば、原審においては抗告人の提出した意見書の内容について実質的な検討はなされずに原決定がなされたものといわざるを得ないのである。

行政事件訴訟法(以下、「行訴法」という。)二五条五項は、執行停止の決定をするに当たつては、裁判所は口頭弁論を経ない以上必ず当事者の意見を聞かなければならないと定めており、この規定の趣旨は、単に事実上当事者に意見をいう機会を与えればそれで足りるというものではなく、行政処分の執行停止の公益に及ぼす影響が広範重大なところからより一層裁判の適正を担保しようとするもの(南編・注釈行政事件訴訟法二五三ページ)であるから、裁判所においてその採否は別にしても当事者の主張する意見を慎重に検討すべき義務があるというべきである。

そうすると原決定は、行訴法二五条五項に違反するものといわなければならない。

二 相手方らは、本件建築確認処分(以下、「本件処分」という。)の取消理由として①建築基準法(以下、「建基法」という。)一九条四項、②開発許可処分に付された開発許可条件三項及び六項、神戸市開発指導要綱第六及び第一二、③都市計画法三六条、三七条にそれぞれ違反する旨主張するが、抗告人が原審提出の意見書第三の一において詳述したとおり建基法一九条四項は崖周辺の住民の具体的利益を保護した規定ではなく、右②、③の法令はいずれも建基法六条一項の確認対象規定でないことから、本件執行停止申立てについて申立人適格を欠くものであり、右申立てはこの点で却下を免れず、此れを看過した原決定は取り消されるべきである。

三 原決定は、相手方らの回復困難な損害を避けるための緊急の必要があるとの主張を認めた点に事実誤認がある。

1 原決定は、疎甲第九号証及び疎甲第一一号証ないし第一三号証に基づいて、本件建築物敷地に五助橋断層の副断層が通つており、同副断層が南面の高さ約二〇メートルの崖斜面と平行に「流れ盤構造」をなしていることの疎明があるとして相手方らの回復困難な損害を避けるため緊急の必要性を認めたものと考えられる。

2 しかし、右疎甲号証における本件敷地には五助橋断層の副断層が通つており、かつ、「流れ盤構造」になつている旨の記載内容は極めて根拠薄弱である(疎甲第九号証は、「流れ盤構造」に対する記載はない。)。

すなわち、右疎甲号証の作成の基礎資料とされたものとして証言若しくは報告書にあげられている主なものは①施工者である大林組が行つたボーリング等の調査資料(木村証人調書(昭和六〇年四月八日分、疎乙第一一号証の一)七丁表)②神戸市全体の地域にわたる地質等について書かれた本(疎乙第一二、第一三号証)③本件敷地付近の住民からの聞取り(疎乙第一一号証の一、一九丁表)④報告者自身の本件敷地付近の半日程度の調査(同六丁表)⑤古い新聞記事(同一九丁表)等である。

しかしながら、既に公刊されている文献には、本件敷地よりもかなり南側に五助橋断層が走つていることを記載しているものはあつても、本件敷地に五助橋断層の副断層が走つていることを記載しているものはあつても、本件敷地に五助橋断層の副断層が走つていることを記載したものはない(相手方らは本案においても書証として提出していない。)。また、疎甲第一一、第一二号証の作成者である木村春彦は、本件崖を調査した際に、副断層の存在を推測させるものとして地下水が出ているところを見た(疎乙第一一号証の一、五一丁表)とか、スリックエンサイドが露頭していた(同四六丁裏)とか、本件崖についての過去の災害について新聞記事を見たとか地元の人に聞いた(同五二丁表)等と証言するが疎甲第一一、第一二号証の報告書及び疎甲第九号証の報告書をみても地下水の出ている場所やスリックエンサイドが露頭している場所を特定する記載は全くなく、また、その部分を撮影した写真も添付されていない。また、過去の災害について載つていたという新聞記事や聴取した地元の人も全く特定されていない。なお、神戸市における昭和に入つての大災害である昭和一三年水害、昭和四二年集中豪雨のいずれにおいても当該場所においては、小さな崩れは別として記録されるほどのものは発生していない(疎乙第一四、第一五号証)。

すなわち、疎甲第九、第一一、第一二号証の報告書の説明及び疎甲第一三号証の証言内容は、第三者がその真否を確かめようとしても確かめようのない極めてあいまいな報告者の主張の積み重ねによつて本件敷地に五助橋断層の副断層の存在を根拠付けようとするものにすぎず、疎甲第九、第一一、第一二号証の報告書及び木村春彦証人の証言内容は極めて信ぴよう性の低いものといわざるを得ないものである。

3 しかし、勝岡山地区の地質、地盤について昭和四六年九月以降調査に関与してこられた関西大学教授西田一彦(疎乙第一六号証の一)作成の「勝岡山ハウス建設敷地地盤と隣接斜面の安定に関する意見書」(疎乙第一六号証の二)や勝岡山地区の地質等の調査を行つた梶谷調査工事(株)ほか二名作成の「造成地南斜面の安全性検討(建築物との関連において)」(疎乙第一七号証)によれば、本件敷地及びそれに接する南斜面には五助橋断層のような一級の断層は存在せず、また、その影響をうけた副断層や破砕帯は存在しないとされているところであり、これらの意見書は、内容をみれば明らかなように作成資料としては、昭和四六年以降のすべての調査資料(疎乙第一六号証の二、四ページ)、調査の経過において地質学の権威者 故大阪市立大学笠間教授の現地踏査によるアドバイス(疎乙第一六号証の二、四ページ)、多数の文献(疎乙第一七号証、二九ページ以下参照)、昭和五九年以降の構達物の基礎工のための地盤掘削の際の地質観察の資料(疎乙第一六号証の二、七ページ)及び本件敷地東側に沿う六甲川沿いの岩盤の露頭の調査(疎乙第一六号証の二、七ページ写真、B、C、疎乙第一七号証、二一ページ)等の極めて客観的かつ正確性の高い資料に基づいて作成されたもので、これらの意見書の内容の信ぴよう性は極めて高いものであり、疎甲号証として提出された意見書とはその信ぴよう性において比較にならないものである。

4 以上のとおり、本件敷地は五助橋断層の副断層等は通つておらず本件執行停止の申立ては「回復困難な損害を避けるため緊急の必要がある」という要件は満たさないものであり、執行停止の要件を欠くものである。

四 原決定は、行訴法二五条三項の「本案について理由がないとみえるとき」について解釈・適用を誤つた違法がある。

1 行訴法二五条三項の解釈の誤りについて

(1) 原決定は、抗告人が原審において意見書で主張した「本案について理由がないとみえるとき」に当たるとの主張について具体的判断を示していないことから、いかなる解釈をとつたものか明確ではないが「回復困難な損害を避けるための緊急の必要性」のみを認めたうえ直ちに執行停止決定をしたところからみると、執行停止の段階では本案の理由の有無についてはあいまいにしたままでも執行停止を認めうるとの解釈に立つものと考えられる。

(2) 確かに、執行停止の段階で、本案の理由の有無の判断を厳格にすると執行停止手続の本案化を招き、その本来の目的である権利、利益の保全の実現を阻害する結果になるおそれのあることは否めないにしても、本案の理由をあいまいにしたまま安易に執行停止を認めることは、行政の円滑な運営を阻害し、本来停止すべからざるものが停止され、その保全的性格を逸脱して不当に申立人の利益を図ることになり、また、本件のように申立人が行政処分の直接の相手方でない場合においては、執行停止申立事件には第三者は参加できないとすると、処分の相手方が執行停止申立事件に当事者となることなく一方的に利益を害される場合もありうる。

これを本件の場合について考えると、本件処分の効力が停止されないと工事が続行され、工事完成によつて訴えの利益が失われることとなるが、執行停止された状態が継続すれば、後に本案において本件処分が適法となり執行停止の効力が解除されたとしても、実質的には本件処分の効力は回復しない状態になるといわざるを得ない。すなわち、本件の場合、抗告人が本件処分を住友不動産になし、同会社が建築計画を立て建築工事に着手したところ、執行停止決定により予定階数地上九階の集合住宅(マンション)の工事を五階まで建築した段階で中止しているのであるが、この工事の中止は、原決定に先立つ昭和六〇年三月二七日の執行停止決定(神戸地方裁判所昭和六〇年(行ク)第八号)が継続してなされており、その後本年五月二五日までの損害だけでも約一億六千万円となつている(疎乙第一八号証)。そして、原決定が維持される限り、損害は今後も増々急増して行くことは明らかであり、そうなればいずれ企業採算のとれなくなる時期の到来することは明らかであり、結局その時点で建築工事も中途で放棄せざるを得なくなる(もし、工事の中途での放棄が許されないならば本件執行停止の結果巨額の損失を負担することとなるが、これは償われることはない。)。このような状態となれば、たとえ抗告人が本案で勝訴し本件処分の効力が回復したとしても、それは単に形式上そういえるにすぎず、工事が再開されない以上は、相手方らは原決定により事実上結局的な満足を得たこととなる。

そこで、このような場合における執行停止は、単に暫定的に申立人の権利、利益を保全するという以上に機能し、仮に処分が客観的には違法である場合には行政の運営に著しい阻害を及ぼし、かつ、処分により利益を享受すべき立場の者の利益を著しく害する結果となることを考えると、執行停止を認めるに当たつては、本案の理由の有無の判断が重要な役割を果たすといわざるを得ず、執行停止の段階においても、その本案の理由の有無について積極的な審理、判断を行うべきである。

(3) にもかかわらず、本件において本案の理由の有無についてはあいまいにしたまま執行停止を認めた原決定は、行訴法二五条三項の解釈を誤つた違法があるというべきである。

2 行訴法二五条三項の適用の誤りについて

(1) 原決定は、建築基準法(以下、「建基法」という。)六条三項、一九条四項の解釈を誤つた結果、行訴法二五条三項の適用を誤つたものである。

(2) 建基法の定める建築主事が建築確認を行う際の審査の方法・内容については、既に抗告人が、原審において提出した意見書の第三の二において詳述したところであるので繰り返さないが、一言付け加えるならば、本件において問題とすべきは、本案において理由があるといえるかどうかということであるが、それは、現行建築確認制度が求めている建基法一九条四項の安全性の程度はどの程度のものであるかを明らかにし、抗告人がその安全性の審査を適法になしたかどうかによつて決せられるものである。そして、建基法一九条四項の求める安全性の程度は、建基法が定めている技術基準、確認申請書類の記載内容、建築主事の現地調査義務の有無、建築主事の資格・能力、法定の建築確認の審査期間等からみて、建築主事が建基法一九条四項の適合性についてどの程度の審査が求められているかを考えるべきであつて、およそ建築主事のなしえないような地質学の専門的視野からの安全性を検討しても本件の解決のためには無意味であるということである。しかしながら、原決定は、抗告人の原審において提出した意見書に対して具体的判断をなしていないので原決定からは明らかではないが、本件執行停止申立事件の本案と併合されている神戸地方裁判所昭和五九年(行ウ)第四号事件において、まず証人として地質学者から調べる等という審理方法からみると、原決定は建基法一九条四項の安全性について抗告人に対して地質学的な極めて高度な安全性の審査をすることを求めているものと考えられる。その結果として、原決定は、本件処分に対する本件執行停止の申立てを「本案について理由がない」とはいえないと判断したものと推測されるのである。

しかし、右四号事件の原告申請の木村春彦証人ですら参加人代理人の

「新鮮な地肌が出ていれば、大体(断層は)わかるだろうとこういうことですね。」(カッコは代理人記載)

という質問に対し

「はい、ちょっと専門家がみないとわからないです。素人がみたつて。」と答えているとおり、たとえ、建築主事に建基法一九条四項の安全について地質学的な高度な安全性を審査するように求めたとしても、素人である建築主事には、現地に行つて見たところでそこに断層が存在するかどうかさえ確認し得ないのであるから、結局のところ抗告人が原審において提出した意見書第三の二に詳述した理由から意見書第三の二の3で述べた程度の審査を建築主事が行つておれば、当該建築確認は適法であると解すべきである。

そして、以上の解釈によれば、本件執行停止の申立ては、抗告人の提出した疎明資料からみても「本案について理由がないとみえるとき」であることは優に疎明されているというべきである。

(3) したがつて、本件執行停止の申立てについて「本案について理由がないとみえるとき」に該当しないとした原決定は、行訴法二五条三項の適用を誤つたものである。

五 結論

以上のとおり、原決定は違法であり、本件執行停止の申立ては不適法、かつ、執行停止の要件を欠くことは明らかであるから、原決定を取消したうえ、本件執行停止の申立てを却下すべきである。

別紙(二)

〔補充抗告理由書〕<省略>

別紙(三)

一、抗告理由第一点について

抗告人は、原決定が抗告人の主張した点につき判断を示さず、また実質的に検討を加えていない旨主張する。しかし、それは理由がない。

(一) 抗告人が原裁判所で述べた意見は、①相手方らには原告適格、ひいては申立人適格がない②本案について理由がない、との二点に尽きる。

右意見は、相手方らが執行停止の申立をなすにあたつて主張した①相手方らには申立人適格がある、ならびに②「本案について理由がないとみえる」には該当しない、の要件の存在について、否認ないし反論を述べたに過ぎない。

そして原決定は、その理由中において、右①および②の要件につき各別に、本件疎明資料により右各事実が疎明される、との判断を示しているのであつて、抗告人の提出した意見につき何ら判断を示していないとの主張は失当である。

(二) また抗告人が五月一三日に意見書を提出したのに対し、原裁判所は五月二一日に決定をなしており、抗告人の意見を聴き十分に検討する時間的余裕をもつて結論を下したことが明らかである。

抗告人は五月一五日原裁判所に追加疎明資料を提出しようとしたが受取らなかつたと主張しているが、そのような事実の存否はさておき、意見書の提出期限が五月一三日と定められ、かつその日に意見書が提出された以上、期限後に出された資料を参照する必要を認めるか否かは裁判所の裁量に委ねられている。

(三) 以上何れの点よりみても、原裁判所のなした決定手続は、行訴法二五条五項の要件を十分に満たしており、これに違反する点は少しもない。

二、抗告理由第二点について

抗告人は、相手方らは申立人適格を欠くという。

(一) しかし、「建築基準法六条は、同法一条に定めるとおり……近隣居住者の生命、健康、財産をも保護の対象としている。」(静岡地判 昭和五三年一〇月三一日、判タ三五七号一一七頁)と述べられているとおり、建築基準法は当該建築物の居住者ばかりでなく、その建物に隣接する居住者の生命、健康、財産をも保護法益としていることについては多数判例の一致した見解である。

「行政事件訴訟十年史」一一四頁

「続行政事件訴訟十年史」一四二頁およびそこに挙げられている多数判例

広島高判昭和五〇年九月一七日(行集二六巻九号九九四頁)

(二) そして建基法一九条四項が敷地の安全性を確保する措置が講じられていることを建築確認処分をなすにあたつての要件としているが、建築にあたり、建物敷地の安全性が確保されなかつたために、例えば崖くずれを惹起し、ために近隣家屋や住民に多大の被害を被らせた事例が過去に少なからずあつたことに鑑みても、右規定が当該建築物に居住する者のみならず、その倒壊等によつて現実に被害を被るおそれのある近隣住民の安全をも保護法益としていることは見やすい道理である。

(三) 従つて、本件執行停止申立につき、相手方らに申立人適格があることは疑う余地がない。

三、抗告理由第三点について

抗告人は、本件建物敷地内に副断層は存在せず、「緊急の必要」の要件を欠くという。

(一) しかし、敷地内に副断層の存在する可能性の極めて高いことは、疎甲第九ないし一三号証で明確である。

抗告人の援用する西田一彦なる教授の意見書であるが、抗告人も述べているように、同人は本件建築につき、当初から施主である住友不動産(株)や工事人である(株)大林組の依頼を受けて調査の任にあたつた人物である。同人は、本件のみならず他の建築紛争においても、常に企業サイドで企業利益を守る立場で発言している。

百歩譲つても、副断層の存否については、本件の本案訴訟において、抗告人の申請に基づき、鑑定が行われることに決定しており、既にその人選に入つている。

従つて、少なくともその結果を見ないことには何れとも確定的なことは言えないはずであろう。

(二) 抗告人はまた、本件敷地周辺で、過去に見るべき災害はないという。

しかし、これは全く事実に反する。

疎甲第一七号証(昭和一三年七月五日阪神大水害の際の本件現場写真と、現在の本件現場の写真とを対照したもの)ならびに、右疎甲第一八号証(抗告人の請負人大林組作成にかかる右大水害の際本件現場で崩壊が生じたとの記録)を挙げれば十分であろう。

四、抗告理由第四点について

抗告人は①本件執行停止により処分の効力は回復しない状態になる、なぜなら損害が多額で、企業採算がとれなくなり、工事を放棄せざるを得なくなる、②敷地の安全性については主事は形式審査で足りる、と述べ、原決定は行訴法二五条三項の解釈・適用を誤つている、という。

(一) 法の執行による市民の生命、財産を保護すべき行政庁である抗告人が、企業利益や企業の採算のみを強調し、その一方で崖崩れにより多数住民の生命・身体や家屋、財産の被害を生じる問題を等閑視している。また、違法、危険の疑いある建築物につき、その違法処分により被害を被ることがあるべき市民の訴えにより裁判所が審理を遂げようとするのに、訴えの利益を消滅させようと判決までに建築工事を強行し、住民の「裁判を受ける権利」を奪い去る結果となることを考えてみた上での主張であろうか。

阿部泰隆神戸大学教授は、その著「行政救済の実効性」において、「行政の先手必勝――訴えの利益消滅への作為的持込み」と題して、係争中に、処分庁なり処分の受益者が一定の作為的行動に出ることにより、処分取消訴訟の訴えの利益を失わせることは極めて問題であり、公平の見地からも何とかこの「行政の先手必勝」を抑制することができないか、との問題提起をしている。

本件では住友不動産(株)は昭和五九年八月頃工事に着工し、昭和六〇年四月頃までに本件建物の五階部分まで完成させている。あと半年もすれば全部完成し、訴の利益なしとされるのは必至である。本件執行停止を取消すことは、この「行政の先手必勝」に手を貸すことであり、当事者間の公平の見地からいつても、許されないことである。

さらに重要なことは、本件処分を求めた申請行為は昭和五九年四月一三日になされ、本件処分は同年五月二三日なされているが、相手方らが本件処分と同等の建築物についての確認処分(第三五九号ないし三六一号)の取消を求めて訴訟を提起したのは右に先立つ昭和五九年一月一八日のことである。

しかも、住友不動産(株)が本件処分に基づいて工事に着手したのは同年八月以降のことである。

すなわち、住友不動産(株)は、住民らの取消訴訟提起により、本件処分が取消されることもあり得ることを十分承知の上で、敢えて工事に着工したのである。

その理由が、本案判決前に工事を完成してしまい、訴えの利益を奪ってしまおうという不当な動機に出たものであることは容易に看取される。

事実、本件処分以外の、A、B両棟(第三五九号、三六〇号の処分にかかる)はほぼ完成にこぎつけた旨、主張し、訴えの利益がなくなつたと主張している。

阿部教授は全(ママ)掲書(二一四頁)において、「処分の受益者が得た行政行為はもともと未確定のものであつて、処分の被害者の提起する救済手段により転覆させられることをはじめから予想しているはずである。処分の被害者の地位が事前手続の段階で十分保障されていない我が国の現状では、それは事後の裁判手続で保障せざるを得ないので、処分により受益者の得た地位をあまり確固不動のものとして強く保護する必要はない。」とのべている。

本件はそれ以上である。リスクを自ら承知で工事を開始した者が、「停止で採算がとれない云々」と泣き事をいうことはない。

それは大企業にとつてわずかの金銭的損害に留まるのであり、これと住民の生命、身体の安全とは比較すべくもない。ちなみに、工事を中断しているからといつて、建物自体の強度や今後の工事続行には技術的に何らの影響があるわけではないことを付言しておく。

相手方ら住民は、昨年一月の訴提起以来約一年余にわたり、行政と大企業の良識に期待し、法廷の内外で工事の中止を申し入れてきた。にもかかわらず工事を開始しかつ着々と工事を完成させてきたのが住友不動産(株)らの態度である。住民の「裁判を受ける権利」をかすめ取ろうとするこのような行為を許さないためにも、本件執行停止は是非とも必要な措置である。

(二) 建基法一九条四項の法意

(1) 建築物は土地の上に建つものである。敷地の安全性を確保することは、建物の安全性の不可欠の要件である(「砂上の楼閣」とはこのことを言う)。

専門家によれば、どのような地盤、地形であるかにより、建物の設計は全く違ってくる。両者は不可分の関係にある。建物の高さ、重量、基礎の構造などはすべて地盤の安定性、その地質などを調査した上でなされる(本案訴訟における大林組板垣証言もこのことは認めている)。

地盤についての認識が異なれば、建物の構造や大きさや位置もすべて異なつてくるのであり、建築確認行為における審査も、地盤についての認識を前提にしてそれによつて異なる基準をあてはめ審査を行うのである。

(2) 抗告人は、本件がけ地については宅造法八条や都計法二九条による許可がなされているから、抗告人においてそれ以上の審査をなす必要も権限もないという。しかし、これまた独自の見解であつて、採用できない。

(3) 開発許可の制度目的

都市計画法による開発許可の制度は、人口の都市集中によるスプロール現象(無秩序に市街地が広がつていくことを言う)を防ぎ、秩序ある街づくりを目的として創設された。

同法二九条により、市街化区域及び市街化調整区域において千平方メートル以上の規模で開発行為をしようとする者は、都道府県知事の許可を受けなければならないとされる。ここで開発行為とは、主として建築物の建築又は特定工作物の建設の用に供する目的で行う土地の区画形質の変更をいう(同法四条)。その許可基準は同法三三条に定められているが、その内容は、その地域全体の都市計画と調和しているかどうか、道路、公園、給水、排水、消防、学校、店舗、医療施設などの適切な配置がなされているかどうか、災害防止に必要な設計がなされているかどうか、環境保全の措置が講じられているかどうか、騒音、振動等による環境の悪化防止上必要な措置が講じられているかどうか、通勤・通学輸送の確保事業主の資力その他である。

同条第七号は「開発区域内の土地が、地盤の軟弱な土地、がけ崩れ又は出水のおそれが多い土地その他これらに類する土地であるときは、地盤の改良、擁壁の設置等安全上必要な措置が講ぜられるように設計が定められていること」としているが、この基準は当該開発行為にかかる区域全体としてその要件をみたしているかどうかを審査するものであつて、開発行為がなされてしまつた後、その区域内に建築される個々の具体的な建築物についての敷地の安全性を直接審査するものではない。

(4) 建築基準法における敷地の安全性の審査

建築基準法一九条が建築物の敷地の安全および衛生の確保についての要件を定め、これに適合するか否かを建築主事の審査にゆだねていることは言うまでもない。

ここで建築主事が審査するのは当該確認申請にかかる個別の建物につき、その敷地の安全・衛生確保の要件を満たしているか否かである。

開発区域内の建物であつても、当該区域全体について開発許可が下りているとしても、それのみでは足りず、個別建物の立地や構造、規模に照らして、建物、敷地の安全性を審査すべきであつて、これをしないことは手抜きである。

これを要するに

(イ) 建築主事は一九条四項にもとづき、敷地の安全性について、審査する義務がある。

(ロ) 建築主事はこの義務を履行するについて、開発許可は勿論、宅造法などの許可を先行させることは許される。

(ハ) しかし、右各種許可は、建築主事の(イ)の義務を遂行するにあたつての補助手段であつて、そのすべてをカバーするものではない。建築主事は、これら許可の検討を含めて独自に審査義務を負うと考えるべきである。

(ニ) 開発許可等の規定に、開発許可処分をうけた場合には、一九条四項が免責されるという規定がないことも、右の論理を裏づけよう。

(5) まとめ

以上、開発許可があつたというだけでは、確認申請にかかる建物の敷地の安全性が確保されたということにはならない。

(三) 法文の文理解釈からみても、法一九条四項は建築をしようとするすべての建物の敷地に関するものである。宅造法や都計法により新たに造成された宅地にのみ関するものではない。従来から宅地として使用されてきた敷地についても審査をなすべき対象となつている。

このような場合、都計法の開発許可や宅造法の許可があつた敷地について例外的に実質審査をする必要がないとは、明文の規定がない以上解し得ない。

(四) おわりに

仙台高裁昭和五一年五月二九日決定(行裁例集二七巻五号八一二頁)は次のように述べている。

「法二五条三項に『本案について理由がないとみえるとき』とは、執行停止の申立てが主張自体明らかに不適法または理由がない場合であるとか、その主張を裏づける疎明がまつたくないか、またはきわめて不十分である結果、本案請求の理由のないことが明らかである場合をいうものと解すべく、処分の違法性の疑いが多少とも存するとき、もしくは本案の理由の存否がいずれとも決しがたい不明の場合は、同条項に該当しない。」

本件ではまして、本案訴訟が一年以上も係属し、相当程度実質審理を行つた原裁判所が熟慮の上執行停止の要件と必要性があると認めて決定を下したものである。

本案の審理も毎月一回以上のペースで急ピッチで進められており、早ければ本年末には結論が出される状況にある。

申立住民らの不安感、不信感をそのまま、裁判を受ける権利を形骸化する結果とならないよう切望するものである。

《参考・原決定》

〔主   文〕

被申立人が昭和五九年五月二三日建築確認番号灘第二一号をもつてした建築確認処分の効力は、本案判決の確定に至るまでその効力を停止する。

〔理   由〕

一 申立人らの行政処分執行停止の申請の趣旨及び理由は別紙(一)のとおりであり、これに対する被申立人の意見は別紙(二)のとおりである。

二 別紙(一)の申請の理由第一項は、当事者間に争いがない。

また、本件疎明資料によれば、別紙(一)の申請の理由第二項、第三項(一)の各事実が疎明される。

さらに、本案事件(当庁昭和六〇年(行ウ)第一六号建築確認処分の取消請求事件)が当裁判所に係属していることは当裁判所に顕著な事実であり、本件建築確認処分の対象であるO棟が五階まで完成していることは当事者間に争いがなく、別紙(一)の申請の理由第四項(三)の前段の事実は、本件疎明資料により疎明される。

三 してみると、被申立人のした前記建築確認処分の効力を停止しなければ、申立人らは本案判決の確定を待つていては回復困難な損害を蒙るおそれがあり、かつ、その緊急の必要もあるから、本件申立てを認容して主文のとおり決定する。

(村上博巳 小林一好 横山光雄)

別紙 (一)

〔申請の趣旨〕

被申立人神戸市建築主事が昭和五九年五月二三日建築確認番号灘第二一号をもつてした建築確認処分の効力を停止するとの決定を求める。

〔申請の理由〕

一 被申立人神戸市建築主事は、昭和五九年五月二三日、住友不動産株式会社大阪支社(取締役社長村上義幸)がした建築確認申請に対して、建築確認番号昭和五九年灘第二一号をもつて建築確認処分(以下本件処分という)を行つた。本件処分の大要は次のとおりである。

建築主 住友不動産株式会社大阪支社

建築場所 神戸市灘区篠原伯母野山町一丁目一〇〇四番―一

用途地域等 第二種住居専用地域(一部一種住居専用地域) 文教地区

計画概要

敷地面積 一〇、二九〇・八四七平方メートル

建築面積 一、八八五・五一平方メートル

延べ面積 一三、一七八・九七平方メートル

構造・規模 鉄筋コンクリート造地上九階地下一階

用途 共同住宅

二 申立人らは、肩書地に居住する住民であり、いずれも本件処分に基づいてなされる建築行為に伴つておこりうる崖崩れ、地すべり、又は土砂の流失、原処分に基づいて建築される建築物(以下本件建築物という)自体の倒壊等の自体(ママ)の発生により、その身体健康、精神及び生活に関する基本的権利並びに有効な生活環境を享受する権利を侵害されるおそれがあり、ことに集中豪雨、地震などの災害時には、本件開発行為によつて、崖崩れ、地すべりなどが誘発されて人災となり、ひいては申立人らの有する土地、建物そして申立人らの生命、身体が危険にさらされる結果となる。

三 本件処分の違法性

(一) 本件処分は建築基準法一九条四項に違反してされた違法な処分である。

すなわち、同条項は、敷地の安全性を確保する措置が講じられていることを建築確認処分をするにあたつての要件としているが、次の諸点において本件建物の敷地は右条項に定める要件を満たしていない。

(1) のり面、崖崩壊の危険性

ア 本件建築物敷地付近には、日本の代表的な活断層の一つである「五助橋断層」が通つていることが学問的に確認されており、この事実と、大林組の行つた地質調査(ボーリング)の結果、周辺の地形、地下水の湧き出し状況、及び過去の災害事例などを総合すると、本件建築物敷地は五助橋断層の副断層を跨いて建つことになり、同副断層が南面の高さ約二〇メートルの崖斜面と平行に「流れ盤構造」をなしており、その上、斜面付近の基盤には破砕帯が平行に分布していることが優に推定される(疎甲第九号証〜甲第一三号証など)。

イ このような地質上の弱点を持つた土地上に地上約三〇メートルもの高さを持つた建物を造ることは、建物自体の加重や、地震の場合の揺れ、大雨による地下水位の上昇などが生じた場合、極めて容易に崖面の表層滑りや崩壊を引き起こすのである。

ウ しかも本件建築物は、南崖面の崖つ縁に接して、これと平行に建築されるのであるから、万一崖の滑りや崩壊が発生したとすれば、建物居住者の生命はもとより、申立人ら崖下住民の家屋、生命、身体の安全は全く保障の限りでない。

エ にもかかわらず、施主住友不動産と請負業者大林組は、本件敷地内に断層及び破砕帯が存在しないとの独断に基づいて設計及び施工を行つており(大林組従業員板垣善勝の証言)、本件建築確認申請においてもこのことは全く審査の対象とされないまま、確認処分がなされている(そのことは、被申立人がしばしば自認していることである)。

オ したがつて、本件処分につき、敷地の安全性を確認し、建築基準法一九条四項の要件を充たしているかどうかを改めて審査する必要がある。

(2) ところで、本件処分にかかる本件建物物の敷地についての開発行為は、その敷地の位置する神戸市灘区篠原伯母野山町一丁目一〇〇四番の一の地域約三万三〇〇〇平方メートルの区域を開発区域として、昭和五六年七月二九日付けで神戸市長により開発許可を受けた。

しかし、開発許可があつたというだけでは、確認申請にかかる建物の敷地の安全性が確保されたということにはならないし、まして本件の場合、開発許可処分自体に重大かつ明白な瑕疵が存するだけでなく、あとに述べるように、開発許可にかかる工事完了の検査がまだ済んでいないのであるから、これを理由に敷地の安全性、ひいては建築確認処分の適法性を云々する余地はない。

(二) 本件処分は建築基準法六条三項に違反してされた違法な処分である。

すなわち、被申立人建築主事が建築確認をするにあたつては同条により「申請に係る建築物の計画が当該建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定に適合するかどうかを審査し」なければならない。

(1) 本件処分にかかる本件建築物の敷地についての開発行為について神戸市長のした前記の開発許可処分には、次の条件が付されていた。

条件

① 工事を途中で中止したり、また緊急の事態が生じた場合は、防災措置を講じるとともに、早急に本市宅地規制課へ連絡をとり、その指示に従うこと

② 降雨時には土木工事を中止し、土砂等が場外へ流出しないよう万全の措置を講じること

③ 南側斜面の防災対策については、工事着手前に現況地形に対応する防災対策を検討のこと

④ 北側幹線道路沿の切取法面勾配については、施行時現地立会を行い判定すること

⑤ 公園東側六甲川沿の斜面上部に設置する擁壁については現地細部測量の結果を本市宅地規制課の承認を得たのち工事に着手すること

⑥ 工事施行に当たつては、地元と十分協議すること

しかし、施行者及び工事施行者は、本件開発区域内の崖崩れ及び出水による災害、周辺の断層や破砕帯による地震時の危険性、また、敷地の南側に消防自動車の進入道路がないC棟の火災時の危険性、その他、工事中の交通事故の多発や、マンション居住者及び関係者による自動車の増加に伴う交通難等に対する防災のための十分な調査及びこれに基づく安全対策を実施することなく、しかも、神戸市長の再三にわたる行政指導にもかかわらず、地元住民と十分に協議することなく本件建築物を強行しようとしている。これは、明らかに上記開発許可条件第三項及び第六項並びに神戸市開発指導要綱第六及び第一二、その他に違反している。

(2) 都市計画法三六条は、開発許可にかかる工事を完了したときは、その旨都道府県知事に届け出をし、当該工事が開発許可の内容に適合しているかどうかについて検査を受け、検査済証の交付を受けなければならないこと、都道府県知事は検査済証を交付したときは、遅滞なく工事完了の公告をしなければならないと定める。

それを受けて、同法三七条は、「開発許可を受けた開発区域内の土地においては、前条第三項の公告があるまでの間は建築物を建築し、又は特定工作物の建設をしてはならない。」と定める。

本件建築物に関し、都市計画法三六条の工事完了の届けはおろか、検査済証の交付、工事完了の公告がなされていないことは、周知の事実であり、同法三七条の例外規定に該当する事由も存しない。

それ故、本件建築物の計画は、当該建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法令、条例及び要綱の規定に適合せず、建築基準法六条三項による建築確認をなし得ないものである。

(三) 右に述べた本件処分の違法性は、昭和五九年(行ウ)第四号の本案訴訟においてこれまでに提出された双方の主張、書証ならびに木村春彦証人の証言によつて十分に証明されており、その一部を本申立の疎明資料として提出する。

すなわち、本件執行停止の申し立てにつき、法第二五条第三項の「本案について理由がないとみえる」の要件は全く存しない。

四 回復しがたい損害の存在

(一) 本件建築計画には、以上に述べたとおり重大な危険と違法があり、申立人らは既に、昭和五九年一月、当庁昭和五九年(行ウ)第四号行政処分取消等請求事件を提起し、その取消しを求め、争つている。

(二) ところが、住友不動産株式会社大阪支社は、右取消訴訟提起後、取消訴訟の対象となつているA、B棟の突貫工事をし、あまつさえC棟(本件建物)の建築工事を開始し、工事の中止を求める申立人らの住民運動並びに度々の請願にもかかわらず、右工事を着き々と進行し、昭和六〇年四月現在、A、B、Cの三棟のうち二棟は完成に近づき、残るC棟も五階まで完成してしまつている。

そればかりではない。神戸市と住友不動産は共謀して、右昭和五九年(行ウ)第四号事件の訴訟提起を受けた後、期日の延期申請や訴え却下の申立てをするなどあの手この手で訴訟の引き伸ばしを図るとともに、右事件の被告らが敗訴判決を受ける可能性が少なくないことから、予めそのような場合を考慮して、本件建物(C棟)について先に取得した昭和五八年七月七日付灘第三六一号建築確認申請に僅かな変更を加えた建築物の確認申請を、昭和五九年四月一三日提出し、同年五月二三日付けで本件確認処分を行つたのである。

このような場合、係争中の処分に代わる新たな確認申請をしこれによつて従前の確認行為の違法性をめぐつて争う実益がなくなつたのなら、このことを被告らが裁判所に対し、明らかにするのが常識であり、法廷における訴訟遂行上の誠実さであろう。

しかるに右事件の被告及び参加人住友不動産は、昭和五九年五月二日を第一回とし、昭和六〇年四月一八日まで一〇回を数えた右第四号事件の口頭弁論期日において、敢えてこの事実を伏せ、現在進行中のC棟建築工事は、係争中の第三六一号確認処分に基づいて行われていると裁判所並びに申立人らが信じきつているのを奇貨として、毎回の法廷に臨み、約一年間が経過したのである。

ところが、右第四号事件を本案とする執行停止の決定が昭和六〇年三月二六日昭和六〇年(行ク)第八号として出されたため、慌てた右事件の被申立人と住友不動産は即時抗告申立事件において、この切札を使わざるを得なくなり、同被申立人の昭和六〇年四月二四日付け「抗告理由補充書」の中で、「現在行われているC棟の建築工事は当初から灘第二一号の建築確認処分に基づいて行われていたものである(疎乙第九号証)から相手方らが、本案において灘第三六一号の確認処分の取消しを求める訴えの利益はなく、したがつて、本件執行停止の申立てにおいても灘第三六一号の確認処分の停止を申し立てる利益はないというべきである。」と述べるに至つた。

被申立人らが一年も前に仕組んで、別の確認で建築をしており、これにより訴えの利益がないと言うなら、当初から第四号事件の本案でその主張すべきであろう。それを敢えて主張せず沈黙を守つた理由を釈明すべきである。

このような異例の手段を講じてまで判決の結果を回避しようと言う被申立人や住友不動産の態度を如何に理解したらよいのであろうか。少なくとも、自らの利益のためには、如何なる手段、方法も辞さないという被申立人らの体質に鑑み、敷地や建物の安全性についての被申立人等の申立ては全部疑つた方がよかろう。

(三) 右工事が完成すると、本件建物自体の倒壊のみならず、崖崩れ、地すべり等の事態が発生して、申立人らの生命、身体、財産に重大な損害を及ぼす危険があることは、前述したとおりである。一旦、そのような人災が発生した後ではいかなる事後措置をとつても、損害を回復することが不可能であることは明白である。

(四) 本件建築物が完成すると、建築確認処分取消しの利益が消失し、本案(当庁昭和六〇年(行ウ)第一六号)の訴えも却下されることになる。

そうなつては、もはや本件建築物による諸々の危険を排除する手段がなくなり、申立人ら住民運動の営々たる努力も無に帰してしまう。

(五) 右のような、重大な人災の危険を未然に防ぎ郷土の歴史に汚点を残さないためにも、本案判決に至るまでの間、本件処分の効力を停止されたく申請する次第である。

(六) 申立人らは本件処分がされた事実を、前述したような経過で昭和六〇年四月二六日に至つて初めて知つた。申立人らは、昭和六〇年五月一日、本件処分の取消しを求める審査請求を申立外神戸市建築審査会に提起したが、その審理、裁決を待つていては、本件処分に基づく建築物が完成してしまい、申立人らは処分の取消しを求める手続的権利を奪われてしまうばかりか、本件建物の建築により生じる災害を未然に防止する手段がない。したがつて、本件申立てについては、行政事件訴訟法八条二項二号ないし三号の理由があり、裁決を経ずに取消しの訴訟を提起できる場合に該当する。

別紙(二)

〔意見書〕

第一 申請の趣旨に対する答弁

本件申立を却下する

申立費用は、申立人の負担とする。

との決定を求める。

第二 申請の理由に対する認否

一 一項について

認める。

二 二項について

申立人らが肩書地に居住する住民であることは不知で、その余は否認する。

三 三項(一)前文について

住友不動産株式会社(以下、「住友不動産」という。)に対してした昭和五九年灘第二一号の建築確認(以下、「本件処分」という。)が、建築基準法(以下、「建基法」という。)一九条四項に違反してされた違法な処分であるとの主張は争う。

四 三項(一)、(1)について

ア、イの事実は否認、ウの事実は不知、エのうち前段の「独断に基づいて」とする部分は争い、その余の事実は認め、後段の事実は否認する。オの主張は争う。

五 三項(一)、(2)について

本件処分に基づいて建築される建築物(以下、「本件建築物」又は「C棟」という。)の敷地についての開発行為は、その敷地の位置する神戸市灘区篠原伯母野山町一丁目一〇〇四番―一他の地域約三万三〇〇〇平方メートルの区域を開発区域として、神戸市長が開発許可処分を行い、昭和五六年七月二九日付けで同処分の通知をしたこと及び同開発許可に係る工事の完了検査が未だなされていないことは認め、その余は争う。

六 三項(二)前文について

本件処分が建基法六条三項に違反してされた違法な処分であることは争う。

七 三項(二)、(1)について

神戸市長のした前記開発許可処分に申立人ら主張の①ないし⑥の条件が付されていたことは認めるが、その余は争う。

八 三項(二)、(2)について

本件建築物について、都市計画法(以下、「都計法」という。)三六条の工事完了届け、検査済証の交付及び工事完了の公告がされていないことは認めるが、都計法三七条の例外規定に該当する事由が存しないとの主張は否認し、その余は争う。

九 三項(三)について

争う。

一〇 四項(一)について

申立人らが、昭和五九年一月、神戸地裁昭和五九年(行ウ)第四号行政処分取消等請求事件(以下、「行ウ四号事件」という。)を提起していることは認めるが、その余は争う。

一一 四項(二)について

昭和五八年七月七日付け灘第三五九号による建築確認に係る建築物(以下、「A棟」という。)、同日付け灘第三六〇号による建築確認に係る建築物(以下、「B棟」という。)及びC棟の工事進捗状況については、申立人らの主張をおおむね認めるが、B棟については建築工事は完了し、建基法に基づく検査済証も交付している。

また、本件処分が、昭和五九年五月二三日付けで行つたこと行ウ四号事件の口頭弁論期日及びその回数、神戸地方裁判所昭和六〇年(行ク)第八号事件(以下、「行ク八号事件」という。)の執行停止決定のされた日及びその即時抗告申立事件の昭和六〇年四月二四日付け「抗告理由補充書」中に申立人引用部分が存在することはいずれも認める。

その余は争う。

一二 四項(三)について

一行目から三行目の「前述したとおりである。」まで否認し、その余は認める。

一三 四項(四)について

不知

一四 四項(六)について

申立人らが、本件処分がされたことを知つた日については不知。

申立人らが、昭和六〇年五月一日本件処分の取消しを求める審査請求の申立てをしたことは認める。

本件申立てが、行政事件訴訟法(以下、「行訴法」という)八条二項二号、三号に該当するとの主張は争う。

第三 本件執行停止の申立てに対する

被申立人の意見

一 本件執行停止の申立ては、次に述べるとおり申立ての手続的要件を欠くものである。

申立人らには、本件執行申立ての申立人適格がない。

1 執行停止の申立人適格を有するためには、本案訴訟の原告適格を有するものでなければならない。しかしながら、申立人らは、以下に述べるとおり本案訴訟における原告適格を有しない。

すなわち、抗告訴訟において原告適格が認められる者は、当該行政処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者でなければならず、また、そこでいう法律上保護された利益とは、行政法規が私人等権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている利益であつて、それは、行政法規が他の目的、特に公益の実現を目的として行政権の行使に制約を課している結果たまたま一定の者が受けることとなる反射的利益とは区別されるべきものである(最高裁判所昭和五三年三月一四日第三小法廷判決、民集三二巻二号二一一ページ)。そして、法が公益の保護を目的としている場合には、当該公益に包含される不特定多数者の個々人に帰属する具体的利益は、一般的には、反射的利益であり、個々人について原告適格が認められるのは、個別の法律が個々人の個別的利益をも保護する趣旨をも含むと解される例外的な場合に限られる(最高裁判所昭和五七年九月九日第一小法廷判決、民集三六巻六号一六七九ページ)。

2 ところで、建基法六条三項に基づく建築主事の確認は、同条一項によれば、その建築計画が「当該建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定」に適合するかどうかを確認するものであり、したがつて、その確認の対象は、「当該……規定」の適合性の有無であるが、建築確認処分取消訴訟は、当該処分が原告の取消理由として主張する確認対象規定に照らし違法であり、原告がその確認対象規定によつて保護された個別的、具体的利益を侵害される場合において、その不利益を解消して原告の右利益の回復を図ろうとするものであるから、同訴訟における原告適格の要件となるべき法的利益の有無は、原告主張の確認対象規定によつて保護された個別的、具体的な利益を原告が有するかどうかを判断すれば足りるものである(都築「建築確認処分取消訴訟の原告適格」昭和五五年行政関係判例解説五二一ページ)。

3 そこで、申立人ら(原告ら)が本案訴訟において本件処分の取消理由として主張するのは、それが①建基法一九条四項②前記開発許可条件三項及び六項、神戸市開発指導要綱第六及び第一二、③都計法三六条、三七条にそれぞれ違反するというのであるからそれら各規定が確認の対象となるものかどうか、及びそれらが申立人ら(原告ら)の利益を保護するためのものであるかどうかについて検討を加える。

(1) まず、建基法一九条四項は、「建築物が……被害を受けるおそれのある場合においては……」と定められており、同項の文言自体からみても建築確認の対象となつた建築物の安全性を考慮した規定であることは明らかである。

ところで、建基法の定める技術規定は、大きく分けて二つのグループに分類でき、その一つは単体規定と呼ばれる個々の建築物の安全という立場からの建築制限を内容とする規定であり、建基法第二章の規定がこれに当たる。他の一つは、集団規定と呼ばれる一体の都市として総合的に整備し開発し、及び保全する必要があるため、建築物を集団として規制する規定であり、建基法第三章の規定がこれに当たる。

建基法一九条四項は右の二つのグループのうち単体規定に属するものであり、そのことからも同項は当該建築物の安全性を考慮した規定といえるが、同項の「がけ崩れ等による被害」も当該建築確認の対象となつた建築物の被害を想定しているのであつて、右建築物の地盤の近くにあるがけの下若しくはがけの上の建築物については、その存在すら考慮したものとはいえず、まして、それらの建築物の安全性までを確保するための規定とはいえない。これは、単体規定の適用範囲が集団規定とは異なり、全国のあらゆる区域に一律に適用されるものであり、建築確認の対象となつた建築物の近くのがけの下若しくは上に必ずしも他の建築物の存在を想定しえないことからも明らかであろう。

また、仮に建基法一九条四項が建築確認の対象となつた建築物の安全性の確保だけでなく、その周辺の住民の安全性という一般公益をもその目的に含むと解したとしても、それと併せて特定の者の個人的利益をも、右の公益の中に包摂ないし吸収解消されない具体的個別的利益としてこれを保護していると解される場合に限り、はじめて右処分により右利益を違法に侵害された特定の個々人につき、右処分の取消しを訴求する原告適格を肯認することができるものと解しうるところ、建基法一九条四項は、単に「がけ崩れ等による被害を受けるおそれのある場合において……安全上適当な措置を講じなければならない。」と付近住民の安全性をも保護しているとしても極めて抽象的な安全基準を規定するにとどまり、何ら具体的な基準を定めていないことからすると、同項ががけ周辺の住民に一般公益に吸収、解消されない具体的利益を保護しているとまで解し得ないものといわなければならない。

したがつて、以上に述べたことから建基法一九条四項を処分の取消理由として主張する申立人ら(原告ら)には原告適格は認められないというべきである。

(2) 次に申立人ら(原告ら)が本案訴訟において取消事由として、その違反を主張する前記②開発許可条件三項及び六項、神戸市開発指導要綱第六及び第一二、③都計法三六条三七条については、まずこれらの規定がそもそも建築確認の確認対象たる「当該建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定」に当たるかどうかを検討する必要がある。

ところで、建築確認における確認対象たる法令の範囲は建築行為を規制しているすべての法令に及ぶものではなく他の法令、例えば都計法等との関連を含めた建基法の趣旨目的、建築主事の資格検定の内容、確認申請書の記載事項として法令上要求されている事項、更には建築主事の権限から外されて特定行政庁のみ、あるいは建築審査会の議を経ることとされているものとの対比等を通じて決定されるものとされている(荒秀「建築確認論」杉村古稀記念公法学研上一三ページ)。

そして、都計法上の開発行為許可制度は、市街地のスプロール化阻止を目的として種々の規制を行つているものであり、建築確認制度とは目的が異なることから開発行為の規制についての規定(都計法第三章、第一節)は、確認対象法令とはならないものであり、このことは、都計法施行規則六〇条が確認申請者に開発行為をしうる規定に適合していることを証する書面の交付を都道府県知事に求めることができるとしていることからも裏付けられる(荒秀前掲論文一八ページ。仙台高裁昭和五八年八月一五日決定判例タイムズ五一一号一八一ページ)。

このように、都計法の開発行為の許可の規定が確認対象規定外である以上、前記②、③の法令はいずれも開発許可に関する規定であるから建基法六条一項の確認対象規定外となり、結局のところ申立人ら(原告ら)の主張する前記②、③の規定により保護される利益は、建築確認の確認対象規定によつて保護された利益とはいえず、申立人ら(原告ら)には建築確認処分取消訴訟の原告適格は認められない。

二 本件執行停止申立ては、次に述べるとおり、実体的要件を欠くものである。

本件執行停止申立ては、申立ての実体的要件を欠く場合の「本案について理由がないとみえるとき」に該当する。

本件執行停止の申立ては、前記一のとおり申立ての手続的要件を欠くものであるが、仮に本件執行停止の申立てが手続的要件を満たすとしても、本件執行停止の申立ては、以下に詳論するとおり、申立ての実体的要件を欠く場合である「本案について理由がないとみえるとき」に該当することは明らかであるから、本件執行停止の申立ての却下は、免れ得ないものである。

そして、本件において本案の理由の有無は、神戸市建築主事が行つた本件処分が取消し得べき瑕疵ある行政処分といえるかどうかによつて判断されるところであるから、以下この点について検討する。

1 申立人らが本案訴訟で主張する本件処分の取消事由

申立人らは、本件処分の取消しを求める理由として確認対象規定としての建基法一九条四項違反を主張する。

また、申立人らは、本件処分の取消事由として建基法一九条四項のほか都計法に基づく開発行為の許可に関する規定に違反する事由も主張しているが、これらの規定は前述するとおりそもそも建基法六条三項の確認対象とはならない事項に関するものと考えるべきであり、本件処分の取消事由に当たる余地のないものであるが、必要な限度で触れることとする。

2 建基法一九条四項に対する審査の方法

(1) 建基法一九条四項に対する審査の方法として宅地造成等規制法(以下、「宅造法」という。)八条一項の許可を受け、宅造法一二条二項の検査済証を交付された場合については、「(建基)法六条の規定による確認に際して、建築物の敷地内に宅造法第八条第一項の規定により許可を受けて、同法第一二条第二項の規定により検査済証を交付された後、改変されていない……がけがあるときは、……当該がけについては(建基)法第一九条四項の規定に適合しているものとして取扱つても差しつかえないが、この場合建築主に対し当該許可書等の写しを確認申請書に添付させること。」とした通達(「宅地造成等規制法の施行に伴う建築基準法の一部改正について」昭和三七、二、二七住宅第五六号建設省住宅局長から各特定行政庁あて通達)がある。

右通達は、その性質上行政の内部関係においてのみ拘束力を有するものであるが、建基法一九条四項の審査の方法についての解釈として極めて示唆に富むものと考えられる。

(2) ところで、建基法一九条四項は、同項において講ずべきものとされる「安全上適当な措置」についての技術上の基準を明確にしていないが、建基法一条が安全性の基準として、建築コスト等との均衡をも考慮した最低水準を定めたものとされている趣旨からすると、建基法一九条四項の場合における安全性の基準も安全性を確保するための最低の基準に従うものとみるべきであり、安全上、十分に望ましい状態となるほどの内容のものとする義務まではないといわなければならない(建設省住宅局内建築基準法研究会「建築基準法質疑応答集」一二七ページ)。

このように、建基法一九条四項の定める安全性の基準も最低の基準によるものであることからすると、宅造法八条一項の許可をするについては、同法施行規則四条に定める許可申請書及び添付図書の内容からみて、がけがある場合には、がけの高さ、勾配及び土質(土質の種類が二以上であるときは、それぞれの土質及びその地層の厚さ)、がけ面の保護の方法等の安全性について十分な検討がされてなされることは明らかであるから、確認を行う建築主事としては、建基法一九条四項の審査については、宅造法の許可書及びその検査済証等これによつて当該許可に即した宅地造成がなされたことを了知し得るものによつて当該がけが建基法一九条四項に適合するものと判断すれば足りると解せられる。

そして、この理は、宅造法八条一項の許可のみではなく都計法二九条の開発行為の許可についても同様であると考えられる。すなわち、がけを含む開発区域についての開発行為の許可がされるについては、同法施行令一六条四項に定める開発行為許可申請書に記載すべき事項からみても、予定建築物等の敷地の形状、敷地に係る予定建築物等の用途だけでなく、宅造法と同様、がけの高さ、勾配及び土質(土質の種類が二以上であるときは、それぞれの土質及びその地層の厚さ)、がけ面の保護の方法等について検討され、その安全性も審査のうえ許可がなされ、かつ、開発工事後は、当該開発許可に適合したがけ等の安全性をチェックする工事完了検査若しくは同法三七条一号の承認を行う際の検査がなされている場合には、建築主事は、建基法一九条四項の適合性の審査にあたつては、都計法二九条の許可書及びその検査済証若しくは同法三七条一号の承認書が有ることをもつて、それが同項に適合すると判断してよいものと解される。

(3) そして、右に述べた建基法一九条四項の適合性についての審査方法は、次に述べる建基法の各規定に照らして考えても妥当な解釈である。

すなわち、建築確認申請を行う場合の申請書について詳細に定めた建基法施行規則一条所定の確認申請書及び添付図書(以下、「確認申請書類」という。)の記載すべき事項の中には、建築物の地盤の近くにあるがけを明記しなければならないとされたものはなく、かつ、建築主事は一般的には現地調査義務はないと解せられている(広島地裁昭和四八年一二月一三日判決、行裁例集二六巻九号九九四ページ、静岡地裁昭和五三年一〇月三一日判決、訟務月報二五巻三号八七三ページ)ことからすると、建築主事が建基法一九条四項の適合性を審査するにしても、確認申請書類の中にがけについての記載があつたという場合にしか審査をすることはできない。また、建基法施行令四条に定める建築主事の資格検定から考えても建築主事には専ら建築に関する知識、経験が求められているだけで、がけの強度等を判定するのに必要な土木工学、地質学の知識は求められていないことから、そもそも建築主事には建基法一九条四項について専門的に審査するだけの能力はない。さらに、建基法六条三項は、建築主事は確認申請を受理した日から二一日以内若しくは七日以内に審査し建築確認をしなければならないと規定していることからみても、建築主事が、建基法一九条四項の審査について、がけの強度についての詳細な審査をしたり、まして断層についてまで審査をするということは到底不可能であり法の予想するところではないといわなければならない。

(4) 以上述べたところから明らかなように宅造法及び都計法の許可手続の内容及び建基法の定めている技術基準、確認申請書類の記載内容、建築主事に現地調査義務がないこと建築主事の資格、能力、確認申請から確認処分までの法で定められた期間等からみて、建築主事が建基法一九条四項の適合性について実質的、専門的な審査をするということまで建基法が求めているとは到底解し得ず、建基法は、同法一九条四項の審査については宅造法等他の法令において許可処分及びその検査などがなされている場合には、その許可等の有無によつて、建基法一九条四項の適合性の審査をすれば足りるとしているものというべきである。

(5) また、仮に前記の解釈をそのまま採用しえないとしても建築主事が行い得る建基法一九条四項の適合性の審査は、これまでに述べた理由からがけの状態が外見上明らかに危険とみられる場合等について規制をなしうるだけであつて土木工学若しくは地質学に基づくような専門的な審査までする必要のないことは明らかである。

3 本件処分の適法性

被申立人は、本件処分を行うについては、同処分の対象となつた建築物の敷地と同一敷地に本件処分に先立ち灘第三六一号の建築確認を行つた足立敏郎建築主事(以下「足立主事」という。)から同敷地を含む宅地について宅造法八条一項の許可がされていること(疎乙第一号証)及び同法一二条二項の検査済証の交付に代わるものとして宅造法八条一項の許可の所管課である神戸市土木局宅地規制課から足立主事が本件建築物の敷地に隣接するがけの状況については宅造許可に対応し擁壁の石積や鋼製格子枠による法面保護等がなされていることの報告を受けていること(疎乙第二号証)の引継ぎを受け(疎乙第三号証)、かつ、都計法二九条の開発行為の許可もされていたこと(疎乙第四号証)から都計法二九条及び三七条の規定に適合することを証する書面(疎乙第五号証)を確認申請書に添付させることにより(建基法施行規則一条七項)、右建築物の敷地に隣接するがけについては建基法一九条四項の規定に適合したものと判断したのであつて、被申立人の本件処分には何らの瑕疵もなく適法であることは明らかである。

また、仮に宅造法の造成工事若しくは都計法の開発行為の各許可書等のみの審査では建基法一九条四項の適合性の審査としては不充分であるとしても、被申立人は、確認申請書類について精査し、かつ、足立主事が本件処分の対象である建築物の敷地に隣接するがけを現認し、宅造法八条の許可及び都計法二九条の許可に対応するがけの整備がなされていることを調査した(疎乙第六号証)ことの引継ぎを受けた(疎乙第三号証)結果として右がけは、建基法一九条四項に適合するものと判断したものであり、被申立人の行つた本件処分には何らの瑕疵もなく適法である。

申立人らが、本案訴訟において、本件処分の取消事由として主張するような危険性は、地質学者については素人である被申立人が現地調査しても判明し得ないものであり、また、確認申請書類を仔細にみても到底判断しえないものであるから、申立人らの右主張は、現行の建築確認制度とは余りにもかけ離れた判断を被申立人に求めるものであつて、それ自体失当というべきものである。

なお、被申立人は、これまで建基法一九条四項が建基法六条一項の確認対象規定に含まれるという前提で論じてきたが建基法一九条四項は確認対象規定ではないとする有力説があることも付言しておく(荒他編「建築基準法の諸問題」五ページ(荒)、九〇ページ(大竹発言))。

4 以上から明らかなとおり、被申立人は確認対象規定である建基法一九条四項については建築主事に求められている審査を適正に行いこれに適合するものとして本件処分を行つたものであるから、右処分が適法であることは明らかであり、本件執行停止の申立ては「本案について理由がないとみえるとき」という要件を満たすものである。

三 結論

以上のとおり、本件執行停止の申立ては、申立ての手続的要件である申立人適格を欠き、また、申立ての実体的要件を欠く場合である「本案について理由がないとみえるとき」に当たるものであるから、本件執行停止の申立てを速やかに却下すべきである。

四 補足……本件執行停止申立事件の背景

本件執行停止停止申立事件の本案訴訟である神戸地方裁判所昭和六〇年(行ウ)第一六号事件及びその関連事件である(行ウ)第四号事件、(行ク)第八号事件、開発行為の許可処分の無効を求める同裁判所昭和五九年(行ウ)第一三号事件に共通の背景となつている紛争は、昭和四八年五月に住友不動産が本件係争地を含む面積約八万七〇〇〇平方メートルの土地に一六二〇戸の高層共同住宅(マンション)団地を建設しようと都計法の開発行為の許可申請を行つたことから同年一二月ころに「六甲と長峰の自然と環境を守る会」(以下、「守る会」という。)が結成されその後守る会が前記開発行為の許可に反対する活動を始めたことに端を発しているものである。守る会は、結成後に開発行為反対の陳情を市議会に再三にわたり行うとともに、開発行為の許可申請者である住友不動産とも再三にわたつて協議し、その結果、同五二年七月に至り住友不動産は、約八万七〇〇〇平方メートルの土地のうち北側約五万平方メートルを学校法人松蔭女子学院に売却し、開発許可申請も残り三万七〇〇〇平方メートル、共同住宅の戸数も五〇〇戸に縮小することとした。その後も守る会と住友不動産との話合いの決着がつかず協議は続き、昭和五五年三月、戸数を四五三戸に、昭和五六年四月、戸数を四二八戸に、同年六月には住友不動産は戸数を三八四戸と変更することとなつたが、守る会をはじめ市民団体は、「学校の過密である」、「六甲線の拡幅等が未解決である」、「付近は文教地区であり残地についても買取りを希望する松蔭女子学院に売却すべきである」等の理由によりマンション建築に反対を続けて住友不動産と協議をもつたものの、昭和五八年四月住友不動産は松蔭女子学院に売却しないことを最終的に決定し、同年七月七日灘第三五九号から同三六一号までの建築確認処分が住友不動産に通知されマンションの建築工事も開始されることとなつた(地元住民と住友不動産との交渉経緯については疎乙第七号証)。そのため、昭和五八年九月三日及び一二日に付近住民らは開発行為許可処分に対し、同月一二日に建築確認処分に対しそれぞれ審査請求し、昭和五九年一月一八日には建築確認処分等取消訴訟を、同年五月二日には開発行為許可処分無効確認訴訟をそれぞれ提起したものである。

このような事件の経緯をみれば明らかなとおり、本件執行停止申立事件の本案訴訟も昭和四八年以来の住友不動産の行おうとしているマンション建築に反対する住民運動の一つの表れにすぎず、訴訟提起の目的も当初からのマンション建築に反対する理由と本質的には変つていないものということができる。

したがつて、申立人らは、本案訴訟において建基法一九条四項違反等を根拠に本件処分の取消しを求めているが、紛争の実体は、マンションが建築される勝岡山に定住人口が増加することによつて不利益を被るとする付近住民の不満であることに変わりはない。このことは、灘第三五九号から同三六一号までの建築確認処分の審査請求において建基法一九条四項違反の主張がされていなかつたことからも明らかである(疎乙第八号証)。

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